剣の舞 - 1/4

アレス
軍神。ゼウスとヘラの嫡男。残虐で暴力的な性格と言われている。
アテナ
軍神。ゼウスとその前妻の娘。知略をもって人々と都市を護る処女神。

彼の強烈な所有欲と独占欲は底無しだった。

「さてアレス、何から話そうか」

目の前には金髪ショートカットの戦女神。そしてここは彼女の要塞、パルテノン神殿の一室。外見上はそれなりの年頃の男女がお互い絨毯の上に正座し、固い顔をして机を挟んで向き合っている様子はまるで、

(お見合いか……!)

この女と、と思うと背筋が凍る。整った涼しい顔――彼の母親ヘラや情婦のアプロディテと張り合うくらいのたいへんな美女――は、彼の前ではいつも無表情。それか眉間に思いっきり皺を寄せているか、だ。

大体今から何が始まるのかと言うと盛大なお説教に決まっている。嫌がらせに業を煮やした女神が遂にその悪戯の主を引っ立てて今から容疑を取り調べようと言うのである。先程アレスは襟首をひっつかまえられて、彼女のこの自室に連れてこられた。ここまで引きずられて来る道中で彼女が周りの侍女や従者達に人払いと箝口令を大きな声で命じていたところから、ただ単に注意と指導のみで終わらせるつもりはないらしい。ちなみにアテナには腹の減った容疑者にカツ丼の出前を取ってやる等という優しさは皆無である。出前のかわりにアレスの大嫌いなきつい匂いのハーブティーが、彼を威嚇するように2つのカップと1つのポットの中で睨みを効かせていた。

薬草くさい褐色の温水を一口飲んだアテナは、ふうっと人心地ついた。どうやら余程疲労が溜まっているらしく珍しく兜や武具を外している。ラフな白木綿のワンピース一枚だけ。

彼女の伏せた瞼が開き、アレスの顔を正面から捉えた。澄んだ青空色の瞳と銀色がかった水色の瞳がぶつかる。

「……貴様は昔から私に対抗心を剥き出しにしていたな」

「よく言う。先に俺の前に立ち塞がって行く手を阻むのは、いつもお前だ」

「誤った行為をしでかそうとする愚か者を私は諫めてやってるのに、見当違いの逆恨みをされる筋合いはないのだが」

「フン、『ヨーグルトが! ヨーグルトが!』って叫びながら下品に足音鳴らして街中を奔走してた食い意地張りの狂った女に愚か者呼ばわりされたって怒りも悔しさも湧かんがな」

アテナの眼は徐々にすわってきている。そう、この眼だ。この殺気のこめられた眼だ。アレスは今日こそはこの女をどうやって屈伏させてやろうか、と静かに計算し始めた。

剣劇の始まりだ。