ないしょのおはなし、ひかりのむこうがわ - 1/4

ヘパイストス
鍛冶神。発明王。原初の女性から巨大人型ロボットまで何でも作れる。アレスは弟。弟と自分の妻が不倫していた話、そしてそれを晒しものにした顛末はあまりにも有名。とある想いをずっと封じこめている。
アテナ
メドゥーサの盾の所有者。知恵の女神だけあり好奇心が強い。そして自分自身の存在に懐疑的でもある。
エロス
アプロディテの子と言われる愛の神。エロスの黄金の矢で打たれた者はたちまち恋をしてしまう。幼児の姿だが、ヘパイストスやアテナが生まれる前からずっと存在している。

やれやれ、今日は客が多い。

「夜分遅くにすまない。盾の具合を見に来た。迷惑なら明日また来る」

頭上にはもう星が光を放っているが、それほど遅い時間ではない。律儀というか、糞真面目というか。

……しょうがねえなぁ、全く。

まだ先の長く残る煙草の火を皿に押しつけて、ヘパイストスは女神を迎えに部屋を出た。

***

彼女の『メドゥーサの盾』を預かってだいぶ経つ。

「……まだ、返してもらえそうに……」

「ない。まだだ」

一言でばっさり斬ると、アテナは不満そうにヘパイストスを睨んだ。

「どこがどう『まだ』なんだ。私はあれの所有者なんだから、ちゃんと教えてくれ」

作業場の大きな机の上に布をかぶされているメドゥーサ。そのかたわらに放り出されているカルテを乱暴に鷲掴み、一瞥して、また乱暴に投げ置くヘパイストス。

「拒絶反応が酷い。今の状態で持ち出されたらメドゥーサの首はその内確実に壊死する。いいか、コイツは元々生物だったのを俺が無理矢理金属と合成させてるんだ。俺達とは違う、死ぬ時は死ぬ。そして今危うい状態だ。わかるな? 彼女は冥王の館に捕らえられたら最後、二度と地上へは帰れない。コイツを殺したいならば連れていけばいい。だが俺は気分が悪い。折角苦労して作った『実験作』を棄てるんだからな」

『彼女』は今麻酔を射たれて静かに眠っている。昼に来た子どもふたりと威勢よく遊んでいたら身体に障ったらしく、さっき体調不良を訴えてきたので無理やり大人しくさせた。

「……すまない」

「反省するんならこれからは日頃のメンテナンスをサボらん事だな」

「いつ頃に良くなる?」

「わからん。連絡するから待っとけ」

「じゃあまた来る」

……ひとの話を聞かないやつだ。だが真剣そのものの彼女の眼を見ると、嫌みの一言も出なくなってしまう。

言葉使いも、彼女の前だと昔の乱暴なものに戻ってしまっていた。成長期を海や地上のろくでもない地域で暮らしたから、口が悪い。だからオリンポスに戻ってきてからはそれを治そうと無理に努めているのだが、どうにも『素』を見せている相手には、口調も元に戻ってしまうようだ。

「どうしたアテナ、急に盾が必要になったか?」

「……ううん、そんなんじゃない。うん」

彼女はやにわに唇を手の甲でゴシゴシ拭いて、こうつけ加えた。「メディがいないと手持ちぶさたで」

「こっちはさっさと返却したくてたまらんがな! うるせぇんだよ、あの女」とぼやきながら、ヘパイストスは上着の内ポケットから手にすっぽり収まる小箱を取り出して、中から小さな円筒を一本つまむ。

「喫うぞ」

「……ご自由に」

その答えを確認して、円筒をくわえてマッチを擦り火をつける。はぁっと吐き出した息は、もう灰色に濁っていた。

「珍しいよな。皆の中でもお前くらいだろう、たしなむのは」

「昔、オリンポスに戻る前に覚えた。結構育つ。ここの裏手にこっそり植えてる」

「あまり、健康的でない物だったと思うが」

「それは人間にとっては、だろ。もちろん人間の連中にゃ教えちゃいねェ。いいじゃねぇか、俺、神だし。それに、今更だ。俺ぁ外ヅラも中身ももうボロボロだ。今更肺が黒くなろうが白くなろうが大した事じゃねぇ」

天井を仰ぎ見るヘパイストス。足が、ギシギシ軋んでいる。