氷のぶつかる音を鳴らしてグラスを煽るがその勢いほど琥珀色を一気に飲めず、少しむせながら口元をお絞りで拭うと、彼女の目は潤んでいた。そう見えるのは、ゆらゆら揺れる酒の水面に反射する電灯のせいではないだろう。
「あたしの持ってないものをあの娘は持ってる。あたしのなれなかったものにあの娘はなれた。ねぇなんで? なんであの娘なの? なんであたしじゃないの? あたしじゃ駄目だったの? あたしはあの娘にはなれないの? なんで?
好きで独りになったんじゃない、あたしだって、あたしだって幸せになりたかった。あたしも『お嫁さん』になりたかった。 好きな人とさ、暮らしてさ、やりたかった、やりたかったのよぉ……。
独りぼっちであの娘しか生き甲斐がなかったのに、なんであの娘は、ねえ、ああもうあたし何言ってンのかしら、ごめんあたしだいぶ酔ってるわね。何なのかしら、やだ泣いてるじゃないあたし。ごめんね。酒に呑まれちゃったわね。
最低。自分の子どもじゃない……。ハデスだって、あんなにドンくさい子でも、いっぱい良いとこ持ってんだよ。あたし知ってるんだから。あのふたりなら大丈夫って……誰にでも誇れる良いふたりだって……ひとに言われなくても、あたしが、あたしが一番わかってるんだから……ふたりの事をもっと祝福してあげたいのに……喜んであげたいのに……」
「うん」
「あたしがあたしの邪魔をする。もう嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だいやだ……」
「……うん」
ヘカテはデメテルの握るウイスキーを取り上げて、かわりに水を握らせた。
「すればいいじゃない」
そしてそのウイスキーを飲み干した。
「『結婚』も、『しあわせな奥さん』にも、今からでもなればいいじゃない。酒に潰されて私にいっつも愚痴るくらいなら。
『強いデメテル姉さん』を演じるのがつらいならやめればいいじゃない。もっとフラストレーションを小出ししてもいいじゃない。そうしないと、また傷つけるわよ、あの娘達を。そんで自分自身も」
デメテルは、聞こえているのかいないのか。しかし流れる涙はますますかさを増している。
「ひとりで突っぱねてるなんて思ってんじゃないでしょうね? ひとりで悲劇役者決め込んでるつもりじゃないでしょうね? 『自分には娘しかいなかった』ですって? 冗談やめてよ。アンタは自分が思ってるよりも、色んなひとに迷惑も心配もかけてんのよ。独りじゃないの。もっと自分の生きやすい方へ、素直に生きなさい。娘の影を追うんじゃない、自分の道を歩きなさい。
――デメテルは、プライドが高すぎんのよ」
「……プライドぉ?」
ヘカテは厨房からこっそりふたりのやりとりを盗み見ていたらしい店員を呼んで、彼に伝票と自分のカードをさりげなく渡した。そして立ち上がり傍らに掛かるデメテルのコートを取って、椅子から動かない彼女に乱暴にかぶせる。
「自惚れ屋の見栄っ張りなのよ、アンタは。背伸びしすぎなの。無理して爪先立ちになったら見栄えは立派で強そうだけど段々苦しくなってくるでしょ。それと同じよ。
ま、こうやってお説教してもアンタ酒抜けたら私に愚痴った事さえしらばっくれるんだろうけどねぇ。そういう性分なんでしょうよ、アンタは。私が言って治るでもなし」
「……馬鹿、あたしも出す」
レジで精算を終わらせた店員がカードと領収書をヘカテに渡す姿に、デメテルははじめて我に返り財布を懐から取り出したが、ヘカテに制される。「やだせめて外出てからにしてよ、恥ずかしいじゃない。それにいーのよ、カードのポイント貯めたいし。
――こんな時のための女友達じゃない」
店を出ると、真っ暗な空から粉雪が降っている。急激な底冷えを感じ、女ふたりは白い息を吐きながら霜の乗った地面を踏みしめる。
冬の寒さは厳しい。
コートのポケットにかじかむ手を突っ込ませて歩きながら、デメテルは独りごちる。
「……あたしは寂しくなんかないんだから」
そして振り返り、後ろから肩を縮こまらせてついてくる女友達に向かって声を張り上げた。
「もう一軒行くよ」

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