女友達 - 1/3

ヘカテ

冥府に君臨する魔女の女王。顔が広い。独身生活を楽しむお姉さん。

デメテル

穀物の女神。ハデスの姉でペルセポネの母。寒い時期は情緒不安定になる。


「女王ペルセポネ様の冥界入り、今年も嫁いでらっしゃい記念飲み会、いえー。」

「うぇーい。あい、かんぱーい」

「うぃーっす」

気の抜けたコールでビールグラスをガチャンと鳴らして、同時に口つける。女ふたりは中々の酒豪なため、このひと飲みで中ジョッキの中身は一気に減ってしまった。

「あーうまっ。生き返るわー」

「本日も肉体労働そして今年度の娘のお守り、お疲れ様でしたーデメテル様ー」

「あーいどーもどもー。ヘカテ様も地の底からの飲み会出張ご苦労様ですー。あ親父、鰆と鰈軽く炙ったのとサラダ、あとチキン頂戴」

こじんまりした居酒屋。他に客はいない中、伸び伸びと酒を飲む女神達。農耕神デメテルと魔女ヘカテ。実は昔から仲が良い。そして接点も多い。『デメテルの実弟にして愛娘の夫がヘカテの上司』、という具合に。

「今日がね、ペルセポネが帰ってきて初の休みなのよ、ハデス様。だから邪魔者はさっさと退却してきた訳」と、早口に喋り再びジョッキを煽り、口の回りの泡をおしぼりで吹くヘカテ。真っ白な髪と黒い服が『如何にも魔女』っぽい独身女神。魔術や呪術に特化した研究が有名で大神ゼウスにも一目を置かれ、派遣勤務先の冥界で専用の実験施設も持たされている。普段の仕事は冥王の補佐──はほったらかして、もっぱら自分のしたい研究に明け暮れている、キャリアウーマン。

「あの子、ちゃんとやってる?」

かたや、農業の母神デメテル。つきだしの蛸の和え物をもう平らげてしまった。赤毛をゴムできつくくくり、化粧はほとんどしていない。気の強さがそのまま顔に出てるような、勝ち気な顔つき。共に暮らす家族は一人娘のみ。だがしかしその娘も毎年定例の『行事』で出ていったところだった。
「あんっっっっっな出来た娘、今どきいないわよ!」と、力説するヘカテ。「頑張ってる! ペルセポネは頑張ってる!」

「違うペルセポネじゃない! ハデスの方!」

「……あー、そっちか」

ヘカテはテーブルに肘をつき、額に手をあてて唸った。その間に焼き魚とサラダが運ばれてきたので、デメテルはつかさずナイフとフォークで取り分ける。

「……ペルセポネが帰ってくる一週間くらい前からさ、ハデス様、そりゃーそわそわしだしてさ、掃除やり始めたり身綺麗にしだしたり、さ。もう見てるこっちが恥ずかしくなるくらい手に取るようにワクワクしてんのよね」

更に運ばれてきたグリルチキンに、勝手にレモンを振り掛けながら頷くデメテル。

「で、いざ、ペルセポネやって来ました! ヘルメスに連れられて久し振りに帰ってきました! 逢いました! その時のハデス様の渾身の一言!」

「はいそれはぁ?」

「『少し太ったな』。」

瞬間、デメテルの眉間におもいっっきり皺が寄ったのは、レモンの汁が目に飛んだからではないだろう。

「……旦那失格って伝えといて」

「ハデス様的にはァ、自分やつれてるし冥府は不健康な場所だしで、この言葉は誉めてるつもりだったらしいの、後から訊くとね! 悪気はないのよ」

「で、うちの娘は何て?」

「頬のツヤ良いペルセポネ様は『たくさん食べてました、母のごはんが美味しかったので』って、無表情で答えてそのまま自室に直行。その日は部屋から出て来ませんでした。ハデス様はその様子見て更に根暗になるし端から見てたヘルメスは涙流しながら爆笑してるしで感動の再会が台無し」

デメテルは短く舌打ちをして忌々しげな表情でサラダの菜っ葉をフォークでザクザク刺しながら小皿に取り分けてやっている。ヘカテが「あ、私レタスいらない」と呟いてもおかまいなしに、緑の野菜をもりもり盛りつけて彼女の前にドスンと置く。「いっつも肉ばっか食うな。野菜も食べろ野菜も」

「何よひとの食生活を高カロリー指向みたいに! 私が好きなのは魚よ! てか聞いてよ、最近ね私ね可愛い子とイイ感じなのよね」

目を細めてだらしなく笑うヘカテに、デメテルは食事を捌く手を止めた。「……どこの男?」

「うっふふ、まァ、年下なんですけどぉ、ふふ。ほら、私副業で薬剤処方のカウンセラーやってるじゃない? それのお客様でェ、ついこないだまで外国に遊学してた若い男の子でェ、素直で女慣れしてなくて、全然世間スレしてないお坊ちゃんっぽくてねぇ、いいでしょー!」

と、ヘカテは自分の鞄を引っかきまわしながら一枚のツーショット写真を取り出して誇らし気に友人の目の前に突きつけた。そしてそれを見た瞬間、デメテルは豪快に口内のサラダを吹き出しそうになり慌てて飲み込もうとして反対にむせかえる。「あ、アンタ『それ』とつき合ってんの!?」

「知ってる子?」

「知ってるも何も……!」

そこで新たなオーダーメニューが運ばれ、デメテルは口を閉ざした。店員の興味津々な視線を受けて、である。頭にバンダナを巻いた若い男子は素知らぬ顔で皿を並べ「シツレーいたしまっす」と申し訳程度に一声残して再び戻っていった

女達は顔を寄せてさっきより声のトーンを落としてお喋りを再開する。

「何? デメテルあんたこの子のこと知ってんの?」

「……彼の父親はあたしの弟よ」

キィィ! とヘカテ、フォークとナイフを皿の上で滑らせる。

「……どれ?」

「真ん中の海坊主。どうせアンタは名乗られた偽名を信じこんでんでしょうけど、この子はヤツの嫡男トリトンよ」

「……マジで?」

「マジで」

ポセイドンの息子の愛人は鰈の香草蒸しを前に暫し硬直し、そして友人に奪われた『彼氏』の写真を取り戻しためつすがめつ眺めて、「……そういや似てるわ……顔のパーツ……」と、喉から声を振り絞って微かに呟いた。

「坊っちゃんよー、本物の。女慣れもしてないわ、変な遊び女がつかないようずっとパパに大事に守られてきた箱入り息子だから。アンタんとこに来た件、『自分の半身を一時的に魚から人間型にできる薬はないか』とかでしょ? あの子の昔の夢ってば、『いとこのペルセポネやアレスと一緒にかけっこしたい』だったもん。父親に似ずに健やかに育ったのよねー。成る程、『サカナが好き』でしたっけ? ヘカテさん。魚ねぇ、なぁるほどねぇー」

「イヤぁぁぁ! 認めない! 信じないっっ!」

ニヤニヤ笑みを浮かべるデメテルにヘカテは大仰な叫び声をあげた。何せ切実である。新しい恋人は美しい黒髪を結わえて身なりも整えた清潔感溢れる美青年、服も持ち物も一級品、知的でマナーもあり品良く穏やか、何よりカニより、はにかみ屋でちょっと赤面症……! しかも半身半魚……! こんなに、ああこんなにどストライクな出逢いはン百年(これでも控え目な表現)も生きてきたが滅多に巡りあうものではない! そう、彼女は勝負を賭けていた。そう、彼女は真剣だった。しかしその強い心も今や折れそう。彼の正体が『海王の息子』だというのが問題なのではない。大事なところは……

「ダチの昔の男の子どもとお付き合いって、どーなの!? ねぇどーなのぉぉ!」

「『昔の男』言うなっ! ってそこかっ! あたしの過去をほじるな!」

「だってねェあの坊やはアンタの子どもではないけどねェ! アンタの元彼の別バージョン、いや次世代型ってのかしら、ていうかあの海男の血を受け継いでるなんて、なら私はアンタのことを義姉さんって呼ばなきゃいけないのかしら!! アンタってば坊やの父親の昔のオンナで、姉で、ああなんて複雑、ああ割り切れない感情だわ! ヘカテ負けないこの渦巻く純情な感情を新しい呪詛開発に役立ててやるんだから」

「だーまーれー!」

まるで海王の三又戟を模しているような形のフォークを振りかざして、デメテルが今日一番の大きな声を狭い酒屋に響かせた。ひそひそ話は既に筒抜けである。

この女友達の仲は、植物神でもあるデメテルの元にヘカテが毒草について訊ねたところから始まる。何回か会って話すにつれ馬が合うようになった。まだペルセポネが産まれてもいない頃の話。だからヘカテは、デメテルの身に降りかかった忌まわしい事件も、産まれたペルセポネとふたりきりで人目を避けて小島に住まうようになった時も、そしてペルセポネが彼女の上司に誘拐されて、しかも彼と結ばれてしまった一件も全て見て知っている。

ヘカテは、『デメテルの娘』という事を差し引いても、また仕事上でもプライベートでもペルセポネを可愛がっていた。あの娘は本当に素直で優しい。そして事実彼女が冥界に嫁いできてからというもの、職場の雰囲気が変わった。と言うより、冥王が変わった。愛想もない、口数も少ない、何を考えいるかわからない。そんな上司ハデスが愛しいペルセポネの側にいるだけであんなに情緒豊かになるとは!

その、ハデスの事。

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