ギリシャ神話の理性担当。光明神。疫病と医術の神。予言の力があり、パルナッソス山の中腹にあるデルポイの神託所は非常に有名。理想的に美しい青年神として語り継がれるかたわら失恋の噂が後を絶たない。
ギリシャ神話の狂乱担当。葡萄酒、酩酊、狂気の神。その生き様は誰よりも複雑で不幸で、血に塗れている。いつもヘラヘラしている。中性的な美丈夫。彼の神域もパルナッソス山であり、アポロンとかぶっている。
アポロンはいつも真顔だ。対して俺はいつも、表情がいつだって笑ってるって言われる。
その日、俺とアポロンはクラフトコーラを作っていた。なんと、コーラって、香辛料を煮詰めるだけでできるんだよ! 俺とアポロンはかつてヘルメスの親分に大量の香辛料を売りつけられたことがある(あれはまだ人の世に車や列車や飛行機が出来る前だったと思う。ヘルメス親分は俺の育ての親みたいな兄さんで、いつも楽しいことを教えてくれるんだけど、時折俺を商売のダシにしようとするところもあるんだ)。俺はさ、なんたってお酒の神様ディオニュソス様だからさ、ワインと煮込んで消費したのよ。でもアポロン君はデルポイの倉庫にほとんど入れっぱなしって言うじゃないか! これは聞き捨てならない!
「俺が伝授してやろう、アポロン! ずばり、ワインと煮込むのさ! シナモンスティックをポキッと折ってぇ、可愛い形のスターアニスと良い香りのクローブと刺激的なジンジャーを……」
「ボケ! 暑いわ! 今、夏だぞ、夏!」
最初俺は酒の神らしくホットワインの作り方を指南しようとしたんだけど、当然のようにアポロンは真顔で、そして強い口調で拒絶してきた。ひ、ひどくない!? アポロンのくせに! すると彼はつかさず曰く。
「今お前『アポロンのくせに』って思ってるだろう、いつも笑ってる目に嘲りが一瞬浮かんだぞ。
お前は酒の神だから俺にマウントを取っているつもりだろうが俺は医学の神だ。まあ、聞け。シナモンは桂皮、スターアニスは八角、クローブは丁子、ジンジャーは生姜。すなわちすべて身体を温める生薬だ。それを酒と煮込むだと? 暑い熱い、考えるだけでアツ苦しい! いやもちろん暑い夏こそ夏バテを防ぐために冷え対策としてスパイスを摂取する、それは非常に合理的だ。またこれらはすべて胃腸の働きに良い。どうしても涼しい場所で冷たいものを摂取しがちな夏にぴったり! そう、倉庫に山積みのスパイスを使うべきは今! だが今合わせるのは葡萄酒ではない!
……おいディオニュソス、聞いてないだろう。ひとんちのキッチンをあさるな、おい。勝手に引き出しを開けるな」
「君は話が長いんだよね。あのさ、アポロンさ、いつだったかの誰かの結婚式のビンゴ大会でさ、炭酸水メーカーもらってたでしょ。あれ捨てた?」
「まだ喋りたい内容の序盤にも到達していないというのに! ああ、質の良い聴衆が欲しい。俺の話を有難がってくれる、知性が豊かで、気が利いて、『素人の質問で恐縮ですが』なんて水を差さない聴衆が!
あ、また嘲笑っただろう! 鼻で笑ったな!
ていうか炭酸水メーカーはそこじゃない、箱にしまってシンクの下の戸に入れてる。いやー最初はフレーバーシロップたくさん買って毎日飲んでたんだが一瞬で飽きたなーあれ」
「あったあった。よし、じゃあこれで違うメニューを作ろう」
「何をだ」
「コーラ。材料が一緒なんだよ。水で煮込んで『コーラの素』を作って、炭酸水で割るの」
アポロンは真顔でしばし考えた。俯いて顎に手を添え、何やらもごもご小声で呟き、そして突然、ピコーン! と上を向いた。
「よし、乗ったぞディオニュソス。作ろうじゃないか、コーラ!」
「そうこなくっちゃだね!」
「手作りコーラを振る舞える男神。良い、モテる気配しかしない」
「おいアポロン」
「女子でも男子でも誰にでもいい、うだる暑さの中このパルナッソスの山奥に俺を慕ってやってきた未来の恋人の心を確実に撃ち抜くぞ、手作りコーラ!」
「妄想から帰ってきなさいアポロン」
「桂皮と八角と丁子と生姜は夏に良いぞ、夏に! 胃腸にも良い! これは俺の時代が来る、再び!」
アポロンは真顔だ。でも瞳は異様にぎらぎらと光っていた。
「さあ作るぞディオニュソス、コーラを!!」