理性と狂乱による矛盾だらけの無秩序で無計画な無意識的対話Ⅵ

アポロン?

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ディオニュソス

ギリシア神話の狂乱担当。


「ねぇアポロン、俺達は“生きている”のだろうか?

君は眉間に皺を寄せ、少し考える素振りをしてこう言うだろう。『わからない』と。そう、その通りだ。君は頭が良いからすべて理解している。『わからない』事をわかっている。誰でもそうさ、世界で一番謎に満ちている存在、それが自分自身だ。“自分”という主体を持つ限り“自分”という意思から脱却する事はできない。人間も神も同じさ。神もそうだ、神は神自身が“わからない”。君は頭が良い、だからそんな事すぐに答えられるのに、君ったら俺を気遣ってわざと考える振りをした。俺も俺自身が“わからない”。でも俺は君の思考は“わかった”よ! さて、一番最初の議題に戻ろう。“神は生きている”という命題は成立するのだろうか?そもそも“生きる”とはどういう事だろう?

まず、生命活動そのものだと仮定しようか。さて問題だ。我々は生物ではない。我々は“生きている物”ではない。だから我々は“生きていない”と導かれるだろう。なぜ断定できるのか?そうだ、神は死なないからだ。生物は有機体、必ず死ぬ。生命活動には死の現象が無くてはならない。そして死に朽ちた身体は地に還り新たな生命を産み出す養分となる。自然の摂理、生命の循環さ。じゃあ俺らは? 死なない者は生き物じゃないんじゃないの? 神って、何? 俺達はなんでここにいる?“生きてない”のなら、俺達は何者?母の腹から産まれ感情を持ち意思を持つ俺達は、」

「……ディオニュソス」

「なぁに? アポロン」

「私はアポロンではない」

 「……あれ? アポロンはそんな鴉色の髪の毛だったかな。そしてそんなに顔色悪かったかな」

「無論ここはアポロンの屋敷でもない。自分から来たくせに忘れたのか?」

「あれ……? あれ……? ここ……ここは随分暗いなぁ……。あ、ああ、アポロン、いや違う、あ、アリア、あれ……?

――ああ、ハデス様だぁ、お久しぶりです」

「……どうやってここに来た。うちの番犬はどうした」

「ケルベロスなら、俺の甘酒を、ほんのちょっと」

「餌付けするのはやめろと前から言っているだろう」

「あはっ、ごめんなさい」

「……お前の好きなペルセポネは、今はここにはいないぞ」

「あら、そうなの? じゃああの怖い魔獣使いのおばさんはいるの?」

「そうだ、そいつはいる。見つかればエムプーサをけしかけられるぞ」

「怖い! 逃げなきゃ! ああでもハデス様、俺は何故貴方のところに来たのでしょう?」

「……それは私が喉元まで出かかってるけど敢えて口には出していない、私の側の問いだ」

「思い出した。お喋りしに来たんだ」

「……もてなしてやりたいが、生憎暇なしでな」

「そしてアリアドネを生き返らせて」

「それは出来ない。駄目だ」

「アリアドネと一緒に帰る」

「駄目だ」

「じゃあハデス様と一緒に帰る」

「嫌だ。いや、駄目だ。

ここは死した人間の魂の居場所で、私はその番人。私はここを離れられない」

「神も、もし死ねるのなら、ここに来れるのかな? ねぇ知ってる? 俺、昔死んで生き返ったらしいんだけど、その時の話を教えてくれない?」

「それはできない。死者の秘密は死者の国の者にしか話せない。

ディオニュソス、お前はこんな狭くて暗い場所にとどまるべき者ではない。“二度生まれる者・ディオニュソス”、お前は死の具現化ながら、太陽の下で地面を踏みしめ、永遠に放浪する神なのだ」

「俺は植物の神だよ」

「そうだそうでもある。帰りなさい。お前の居場所はここじゃない。風に飛ばされる種のように、お前の友人達と共に地上で暮らすが良かろう」

「……わかった。ハデス様、俺はね、本当は“自身を知る”ためにここに来たんだ。地下の国に来れば、俺自身の事が、何かわかるかと思って。はあ、やっぱ帰るよ。ハデス様は喋ってて張り合いがないからなぁ。やっぱりアポロンみたいに噛みついてくるような奴のほうがお喋りのしがいがない」

「……」

「ペルセポネがここに降りて来る頃、また遊びに来ます。ペルセポネは俺の母さんみたいなひとだから」

「さっさと行け」

「俺は俺が分からない。俺はどこからきて、どこへ行くのか。ハデス様、さようなら。さて腹が減ったなぁ、アポロンのとこにでも、たかりにいこうかな」

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