みのりん円盤本の予約受付を開始したこととナラティブ《物語》のはなし

詳細は特設ページ見てください(雑!)→Fanart for Minorin Minori Chihara Live Narrative

おかげさまで早速の予約注文を多数いただいております。大変ありがとうございます。まだ完成していませんが、頑張る!

作業していて、これは私のみのりんへの愛の『棚卸』だなあと感じてきて。タイトルにも” “Narrative”=ナラティブの語を入れてるんですが、私自身がみのりんとの物語を追体験して、こういうところがカッコ良くて好きだなあ、ああいうところも人間くさくて好きだなあ、と再認識していくような旅でした。

ナラティブという言葉は元々は文芸理論の用語だったんですけど、昨今ものすごく広義的に捉えられ、時代の潮流に都合よく使われている感じですね。端的に言うとナラティブとは、「物語を語ること」です。物語そのものの”Story”とは違い、語ること・語り方・語り手に重きを置いている語です。現在は文芸の世界から発展しビジネスや医療の世界に積極的に取り入れられています。ナラティブ=顧客の内包する物語・患者の内包する物語、といったふうに。

ある解釈によると、語り手と聞き手の対話の循環こそがナラティブです。誰もが自分のナラティブ《物語》を語ることができ、また誰かのナラティブ《物語》の聞き手に回ることができ、他者の存在と出会い、他者と共に人生を作っていく。またナラティブとは個々人に存在するその人だけの物語です。年譜として叙述される権威的なヒストリー《歴史》ではありません。誰もが、自分が主役のナラティブ《物語》を持っていて、それは他者に語り語られることで循環し、未来のナラティブ《物語》をも形成していきます。

この本でやりたかったことは、みのりんのヒストリー《歴史》を眺めてもらうことではなく、みのりんのライブに足を運ぶお客側のナラティブ《物語》の活性です。ひとりひとりがみのりんと出会い、みのりんのライブを観て、そして出来たナラティブ《物語》を、もっと語り語られ、円を描くように循環し、また新しいナラティブ《物語》が生まれていったらいいなあ。どこの馬の骨とも知れない私の絵を描き本を出すアクション自体が、誰かのナラティブ《物語》のカンフル剤になれたら、こんなに嬉しいことはありません。

みのりんの歌手活動は再開し、新しい表現の世界に突入した模様です。素晴らしい楽曲と素晴らしい歌唱をまた堪能できるようになりました。それでも、これまでのライブソフトは当時の貴重な記録であり、これまでのみのりんファンにとっては大切な記憶でもあります。これまでの道のりを慈しみつつ、これからのみのりんの活動に思いを馳せることが出来るなんて、本当に嬉しいことです。ライブでコール&レスポンスをするように、語り合い、共鳴し合って、新しいナラティブ《物語》を創造していけますように。

そんな祈りを込めて、毎日手を動かしています。

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