
アポロン
ギリシア神話の理性担当。

ディオニュソス
ギリシア神話の狂乱担当。
時々考える。自分とこの目の前の男はどちらが幸せだろうか、と。
「どう考えるよ、なあ兄弟」
「……くだらんな」
男はいつもの仕草をしながら──軽く眉間に皺を寄せ眼を伏せて神経質そうに頭の帽子を触って──決まってこう言う。「くだらない」と。そう返されることを俺は予想していたけれど、そのお約束の反応を見るのが面白いので意地悪をする様にどんどん問いかける。
「例えばだな、性交を楽しむ女は山程いる、でも本当に心底愛することが出来た女はひとりきりで、その女の死んだ後は彼女を想いながら孤独に生きるしかない男。一方、いつも真剣に女を愛するのに逃げられてばかりの男。フラれても次の新しい愛を生み出せる、しかしやっぱりその後フラれる男。どちらが幸せだろうかなぁ?」
「…………おい待てそれは──いや、いい。
その男達はどっちも不幸だろうな。残念ながら。
お前は顔と態度だけはヘラヘラしているくせに喋る話題はどうにも暗くていかん」
男はやはり不機嫌そうに、今度は襟元を正しながら俺を睨みつけた。
「そうかぁ、二人は真逆なのに行き着く先は同じなのかぁ。面白い、面白いよ」
「……酒を呑んでいるな、ディオニュソス。目がいつにも増して虚ろだし舌の呂律が回ってない」
「呑んでても呑んでなくても一緒さ。この狂った頭がシラフに戻る日は果たして訪れるのだろうか?この世は面白いなぁ、そして絶望的だ。アポロン、俺はねぇ、」
「いいから水にでもかかってこい」
「俺はねぇ、俺とお前はね、何から何まで正反対だと思うんだ。極端なくらいにね。さっきの話の男2人、どっちも極端でいびつな性質してやがる。間を取ればいいのになぁ。2人を足して2で割ればちょうどいいんだ。
──時々思うんだ。俺とお前は、元はひとつだったんじゃないかって。ひとつだったものを無理矢理分離させたんだ。あれはお前に、これは俺にって割り振られて、そうやって俺達は今存在してるんだ。でも、どうにも中途半端に1/2にされちまったから、こう、切断面がいびつなんだ。真っ直ぐ綺麗に分かれなかったから、だから、歪んだままに生きなきゃいけないんだ」
「意味がわからん。あ、こら何をする!」
俺はこいつのかぶる小綺麗な帽子を、ひったくった。そして、それを右足で踏んだ。次に左足で。土埃で汚れた裸足で。
「──侮辱するのか」
本気で怒ったこいつは声を圧し殺して暗く相手を威嚇する。更に俺はその汚れた帽子を手に取り、バリン、ビリビリと引きちぎった。
「あーあ。案外脆いね」
「──ッ!」
帽子の主はいきなり俺の髪の根元をひっつかみ、そのまま地面に叩きつける。頭と身体にじわりと痛みが広がった。地に這いつくばったままあいつを見上げると、静かに俺を睨んでいた。金の目玉の瞳孔を狭めて、射抜くような。
「それだよアポロン。君は理性を司る神だろう? 何故激昂する? 君は理性の象徴であるのに、度々自ずとその理性のたがを外してしまう。何故? 反対にこの俺は今こんな風にお前に怒りをぶつけられても冷静そのものだ。理性を持たない筈の俺はこんなにも理性的だ。何故?」
「……何笑ってやがる」
「俺が言いたいのはだな、俺とお前は実は正反対の存在なんかじゃない。俺の中にお前はいるしお前の中に俺はいる。ひとつなんだ、俺達は。
そもそも俺達を『創った』のは誰だ? 俺達を俺達たらしめたのは誰だ? ああ、アポロンは偉大なるゼウスとレトの御子である、などという事実は承知だよ。でも俺が言いたいのはそんなことじゃない、もっと根源的な問題だ。
俺は知っているんだよ。俺は『真実』を知っている。俺は『解脱』したんだ。お前達の見えないものが見えるんだ」
「……いい加減にしろ。ディオニュソス、楽しく呑むのは自由だが他人様に迷惑を掛ける呑み方はするな。この俺だからいいものを、他のヤツにこんな調子で絡んでると嫌がられるぞ」
俺は起き上がり、男に向かって大きく腕を広げた。
「……何してる」
「だから今言っただろう。俺達は元々ひとつだって。さあ~俺に還りなさ~い~アポロ~ン~」
「馬鹿ッ! ひとりでやってろ馬鹿ッ! 大体お前はいつも支離滅裂で」
「……『どっちが幸せか』の話」
「こら聞けよ人の渾身の説教を」
「君は『どっちも不幸』って言ったよね。でもね、でもね、」
「なんだ」
「女運の無い男は同じく女運の無い男という『類友』がいる。だから寂しくない。不幸とは言い切れないよ。
──俺は君という友達がいるから幸せだ」
「……くだらねえ。結局お前は何を言いたかったんだ?」
「何を?」
さあね。わかんないや。

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