僕の可愛い妻へ
拝啓、アリアドネ様。お元気でしょうか。僕は変わらず元気です。毎日あの愉快な仲間達と、楽しい日々を送っています。きっと君はすっごく羨ましがるだろうから、詳しくは書かないけど、今度会う時に、たくさんたくさんお土産話をしてあげるね。
今僕がこの手紙を書いている場所は、僕と君の出会ったあの小島だ。あの日の様に、鳥も虫も樹も素敵な唄を歌っている。君がいなくなってもう何度めの春だろう。僕と君が一緒に暮らした時間はけして長くはなかったけれど、二人で過ごしたあの季節は何物にも変えられない素晴らしいものだったと言えるだろう! あの日、君が許嫁に孤島に置き去りにされたあの日、そして僕と君が出会ったあの日、君と僕が見初め合ったあの日! あの日は全くもって素晴らしい日だった!
あの日とはいつだ? 春だった? 夏だった? 秋だった? 冬だった? そんなことはどうでもいい、あの日があの日に在ったことだけが重要で必要なんだ。
あの忌々しい女とは、なんとか折り合いをつけてやっているよ。そしてなるべく顔を合わせないよう努力している。それがお互いのためだって知っているから。勿論、今だって憎くて仕様がない。でも僕は昔みたいに荒れてはいないつもりだ。もう攻撃もしないし過剰反応もしない。君は誉めてくれるかな?
ところで、君は今まで一度も僕に手紙を返信してくれていないね。もしかしてと思うけど、今いるあそこで、便箋とペンすら与えて貰えないのかい? いじめられてるんじゃないだろうね? あの王は見かけによらず気弱だけれど、小さな后は恐ろしい性格をしている。女王というものは皆そうなんだよ! 皆残酷だ。もしあの小さな女王じゃないとしたら、誰が君をいじめているんだい? 性悪魔女か? 性悪伝令少年か? 性悪三姉妹か? この世は悪意に満ちている。悪意に満ちている。
間違えた。君が今いるのはこの世じゃない、「あの世」だったね。気を悪くしないでくれ。僕を嫌わないで。
さて、この手紙をワインのビンに入れて河に流そうとしよう。まだ開封していない、新鮮なワインのたっぷり入った美しいビンに。しっかりとワインに浸るようにこの手紙を入れたらしっかりとコルクを閉めて、この河に流すんだ。きっとビンは沢山の神々に護られて冥府にいる君の元へ運ばれるだろう。その間にこの手紙のインクは全てワインに溶けてしまう。そして君はそのワインを飲む。君は僕のラブレターを飲み干すんだ。一文字も残さないで、全部飲むんだ。
さあ、もうそろそろ時間だ。僕を呼ぶ声がする。僕はいつもどこかから誰かに呼ばれている。本当は、君といつまでも語り合っていたいのに。あの時のように、二人で遊んでいたい。手を繋いで、走り回って、お喋りして、笑いあって、抱き合って、全てを忘れて。
でも君はここにはいない
なぜ?
(君は死んだ)
なぜ?
(君は殺された)
なぜ?
(君は罪人だ)
なぜ?
(君は君の兄弟を殺した)
全く君は最低な人間だった。エゴイストで、悲観的で、甘えたで、短絡的だった。悲劇のヒロインぶりやがって、鼻につく。何かというとすぐに泣く。そんな君が僕はとにかく大嫌いで大好きだった。僕と君はきっと似た者同士なんだ。
君はずるい。死んだから。
死ねたんだから。
僕は死ねない。
アリアドネ、僕も、

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