理性と狂乱による矛盾だらけの無秩序で無計画な無意識的対話Ⅲ

アポロン

ギリシア神話の理性担当。

ディオニュソス

ギリシア神話の狂乱担当。


「ちゃお~アポロン~俺が来たよ~!」

「呼んでねぇよ、てかなんでお前はしょっちゅう俺んとこ来るんだ」

「冷蔵庫開けていい? もう開けてるけど! あ、カルピスだー! いただきまーす!」

「おいこら……」

ここで、それまで机に向かっていたアポロンは初めてこっちを見て、途端に怒り出したんだ。

「ああああああ! 貴様ッ原液のまま飲もうとしてるだろう!?」

「カルピス瓶のイッキは男のロマンだよ?」

「ロマンでもダメェェェ! 水で4倍から5倍に薄めてコップで飲め!」

「じゃあ氷水で割る。ドボドボドボー!」

「あああ! 入れすぎ!  原液6割は入ってる! 割合が逆だ馬鹿野郎!」

「これはアポロンの! 俺のはこっち! ダバダバダバー!」

「もうほとんど瓶が空っぽじゃねえか! せっかくのお中元がぁぁあ!」

「ケチ臭いなぁ。買えよ、カルピス一本くらい。」

大のおとなが子どもみたいな飲料水を買えるか、とブツブツ呟きながら、それでも俺の入れたカルピスを飲みながらまた机に向かった。

「聞いてよ、アポロン、最近のおもしろい話さ。あのね、最近とみに暑いから、汗をかくのが嫌いな俺は涼を求めに風神ゼピュロスの元へ行ったのだよ」

「ふん」

「そしたらアイツ、折角遊びに来た俺に向かってわざわざ亜熱帯低気圧呼び寄せやがるの。鬼じゃね!? ちょー蒸し暑いんですけど!」

「お前がどうせ騒がしくしてたんだろう」

「で、追い返されてしまった俺は、汗を流すために川に入ったのだよ。俺は汗が嫌いだからね」

「はぁ」

「そしたらそこではニンフ達が丸裸で水浴びをしてたんだ。気付かずに入水した俺は彼女達に痴漢扱いされるわ追い払われるわ散々だったんだ」

「ふぅん」

「まったく俺ときたら、どこへ行っても邪魔者扱いさ」

「ふんふん」

「……君はひとの話聞いてないだろう」

「はいはい聞いてる聞いてる」

「……何の作業してるの?」

書類をさばく手を一瞬止めて、首を動かさず目だけでギョロリと俺を睨んで、一言一言句切るように言った。

「稟・議・書。お前と違って忙しいんだよ。このデルポイの社務所と宝殿庫の建て増しと運動グラウンドの改修工事、親父に許可を取らねばならん。あの糞権力者め、何にでも首つっこみやがって」

「まだ話の続きがあるんだ」

「はいはい、俺の邪魔にならないよう静かに喋れー」

またソッポを向いてしまった。まあいいや。

「その後ね、街に行って冷たいものでも食べようと思って、ブラブラ歩いてたら人間の一団と仲良くなったの。男のね」

「ふん」

「昼間だけど一杯飲むゥ? みたいなノリになって、この俺のお手製の酒を振る舞ったの。そしたらね」

「はぁ。そしたら?」

「皆で欲情しあって乱交パーティになっちゃった」

ぶっふぅうぁぁっっっ!!

「まーた勢いよく噴いたねぇ。あーあーきちゃないなあ」

「ちょ、ちょ、ちょお待て、え? 何て?」

「あ、濡れちゃってるーアポロンの吹き出した白濁色の液体で書類が濡れましたー」

「えと、」

「半開きの口からも白いのが出ててらてらしてるよ。まあなんてデカダント」

「妙な言い方すんなド変態が! 雲の上からエーゲ海にブチ墜としてやろうかバッキャロウ!!!!」

アポロンは目を血走らせて力の限り叫んで、そのまま洗面所に小走りで飛び込んで、手と顔をタオルで拭き拭き帰ってきた。

「よし、よし、落ち着いて話を話そうか。まず詳細を詳しくお兄さんに教えたまえ、詳しくだ」

「そのまんまだよ。他に何もない。
アテナイで普通に飲んでたんだ。そのうち、俺、こんな女みたいな見た目だし、声も高いしで、あの若い青年連中にからかわれ始めたの。で、セクハラされ始めたの。で、ちょっとムカついたから、とっておきの秘蔵酒を、『ムカつく!』って念を込めて振る舞ったの。そしたら、イタズラで俺にチョッカイかけるどころか、仲間うちでねえ、なんだかねえ、えろいふいんきになってきちゃってねえ」

「それで、具体的にどんな症状なんだ、そのアテナイ人達は」

「勃起が止まなくて、パニックになって、とっても苦しそうだった」

アポロンは大きな溜め息をついて、持ってたタオルを丸めて思いっきり振りかぶって俺に投げつけた。

べちん。

タオルだから痛くないけど。

「そういうの、俺やめろっつったよな」

「そんなつもりはなかったんだよぅ」

「自覚無しにやってるあたりが尚更いけない。『他人の精神を変容させる』のは駄目だと、何度言えばわかる」

「……ごめん」

「ったく、死人が出てないだけマシか。男と言ったな。お前の『それ』、今まで女性にしか作用しなかったんじゃないのか」

「最近男にもかかるようになった」

「……マジかよ」

はぁっと大きな息を吐いて、アポロンはどっかりと腰を下ろして背中を丸くして俯いた。

「……ごめんね」

「俺に謝ってんじゃねえよ」

「……ねえアポロン」

「何だ、もう」

「俺は『治る』のかな」

下を向いてたアポロンがゆっくりと顔を上げた。その眼は疲労が溜まっていて、瞳には、憎たらしいほどにケロッとしてる俺が映ってる。

「わからない」

「……予言神のくせに」

「わからない。お前がどうなってどこに行き着くのか。ただし確実にわかっていることもある。

この先お前の狂気が治ろうが治るまいが、良くなろうが悪くなろうが――俺はずっと、お前の兄さんだ。そしてお前が間違ったことをやったら叱る。喧嘩もする飯も食う他愛ない話もする。仕事の邪魔をしに来られてまた叱る。それだけは絶対に変わらない」

「……君は弓矢のような男だね」

「なんだそれ」

「時々ひどく刺さる」

俺に投げつけた柔いタオルを拾って、小さな声で「好きに言え」と放って、濡れた書類を申し訳程度に吹き始めた。

「駄目だ、シミになってやがる」

「ごめんなさいアポロン」

「もーいーから、俺が汚したんだし」

「ううん違う。あのね、ずっと喋ってきたお話ですが、実はここからが本題なんです」

ビリィッッッ

「うはー書類まっぷたつ」

「……ディオニュソス君、俺が弓矢ならキミは吹き矢だな」

「その心は?」

「いつどこからどんな矢が飛んでくるか見当つかない。……って、俺もうやだぁぁ! すッッごいヤな予感がするううあああ!」

「本題いきまーす。俺がやらかしちゃったアテナイ人、今現在君の神託を求めてにこっちに向かってます。どうすれば治るのか君に聞きに来ます。俺は今日このことを知らせに先回りしてここに来たのでした。何卒親身なアドバイスをしてあげてくださいよろしく」

「そんなオチ入らねぇ! なんで俺が……! なんで……!」

「それは君が高名な託宣主かつ医者だからさぁ。アポロン様がどんな神託を下すのか楽しみだなぁワクワク!」

「余計な期待を寄せるな愉快犯め! 俺の仕事を増やすな!」

「じゃあ俺は連中がここに着くまでの間にカルピス買ってきといたげるねー」

「もうカルピスは要らんわ!」

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